東京地方裁判所 平成7年(ワ)23220号 判決 1996年12月04日
原告
株式会社甲野屋
右代表者代表取締役
丙沢一郎
右訴訟代理人弁護士
川口均
被告
乙川太郎
右訴訟代理人弁護士
堀口真一
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、五五八万六七二七円及び平成七年一二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、喫茶店、飲食店の経営等を業とする株式会社であり、被告は、公認会計士、税理士、中小企業診断士の資格を有し、主に会社の会計・税務の顧問、代理を業とする者である。
2 原告及び被告は、平成三年二月一日、左記を要旨とする公認会計士業務契約を締結した(以下「本件契約」という)。
(一) 原告は、被告に対し、会計・税務の顧問業務、税務代理業務を委託する。
(二) 原告は、被告に対し、(一)の会計・税務顧問業務に対して月三万円、税務代理業務に対して年一〇万円を支払い、被告は、この他に、報告書作成などに伴う特別の業務については、原告に別途請求できる。
(三) 契約期間は、平成三年二月一日から、平成四年一月三一日までの一年間とするが、期間満了時に契約更新拒絶の意思表示がない場合は、契約は自動更新される。
3(一) ところで、一般に年間の売上が三〇〇〇万円を下回る事業者は、免税事業者として消費税を課税されないが、「消費税課税事業者選択届出書」(以下「選択届出書」という)を所轄税務署長に提出すれば、原則として、右届出書の提出のあった翌課税期間以降の各課税期間について消費税の課税事業者となることもでき(消費税法九条)、このようにして課税事業者となった場合には、資産の譲渡等について消費税の納税義務が発生する代わりに、仕入れ税額控除の適用を受けられるので、免税事業者であっても、売上げにかかる消費税額よりも仕入れにかかる消費税額の方が多い場合には、課税事業者を選択して消費税の還付を受ける方が有利となる。
(二) そして、右消費税の還付を受けるためには、その当該還付を受けようとする課税年度に入る前に、選択届出書を所轄税務署長に提出しなければならない。
(三) 本件契約において、原告が被告に対して委託した税務顧問業務、税務代理業務には、選択届出書の提出についての助言や右届出書の提出も含まれていた。
4(一) ところで、課税売上高は法人においては前々事業年度を基準とするところ、原告は、平成四年一二月に持ちビル(以下「旧ビル」という)を建替えのため取り壊したことから営業が一時停止し、第三四期決算(決算期間 平成四年五月一日から平成五年四月三〇日)では年間の売上げが三〇〇〇万円を下回り消費税の課税事業者ではなかった。
しかし、平成六年六月には旧ビルを建て替えて新ビルが完成し、原告はこれに伴って建築費用等にかかる多額の消費税を負担することとなり、他方、新ビルを他へ売却するなどして売上げを計上する予定もなかったので、第三六期決算(決算期間 平成六年五月一日から平成七年四月三〇日)においては、課税事業者を選択して右消費税の還付を受けた方が有利であった。
(二)(1) 原告は、旧ビルを取壊し、平成五年に一〇階建ての新ビル建築工事に着工したが、地中障害のために中止し、同年六月には一〇階建て新ビル計画を断念した。その後、原告は、新ビルを三階建に変更し、平成六年六月完成を目途に新ビルの設計依頼と銀行交渉に当った。
(2) 原告は、旧ビルの建替えに伴う税務問題を相談する目的で被告を紹介されて本件契約を締結し、その後、被告に対し、新ビルの利用に伴う税務を相談していた。被告は、平成五年八月ころ、新ビルの建築に伴う税務について報告書を作成しているが、右書類では新ビルを売却するのではなく、原告が利用することが前提とされていた。
5(一) よって、被告は、原告が平成六年度において、新ビル建築に伴い多額の仕入れ税額が発生し、他方新ビル売却予定もないことを知っていたから、原告との本件契約に基づき、原告が第三六期決算において消費税の還付を受けられるよう、右決算期において課税事業者となるための選択届出書を、提出期限(課税年度の前日)である平成六年四月三〇日までに原告のために所轄税務署長に提出し、あるいはその頃原告に対し、右届出書を提出するよう助言する義務を有していた。
(二) また、仮に本件契約が平成五年八月末に合意解除により終了したとしても、被告は、本件契約及び民法六四五条に基づき、契約終了に際して、原告に対し、消費税課税事業者選択届出の制度の説明、平成六年四月末での選択届出書の提出の要否の判断基準及びその判断に必要な調査、それまで検討した経過の一部始終を説明する義務を有していた。
6 しかるに、被告が右5の義務をいずれも履行しなかったため、原告は、選択届出書を提出しないまま、期限を徒過してしまい、第三六期決算において、課税事業者として消費税の還付を受けることができず、これにより、還付を受けられるはずであった金五五八万六七二七円の損害を被った。
7 よって、原告は被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償請求として、五五八万六七二七円及び、これに対する訴状送達の日の翌日である平成七年一二月一五日から支払済みまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2及び3(一)(二)の事実は認める。
2 同3(三)の事実は否認する。
本件契約においても、依頼がなく、必要な判断材料も与えられていないのに選択届出書提出の助言をする義務はないし、いわんや依頼がない場合に選択届出書を提出しないことは自明である。
3 同4(一)(二)(1)の事実は知らない。
4 同4(二)(2)の事実中、原告は旧ビル建替えに伴う税務問題を相談するために被告を紹介されたこと、平成五年八月ころ、原告から新ビル建替に伴う税務についての相談を受けて、そのための報告書を作成したことは認め、その余は否認する。
5 同5(一)(二)の主張は争う。
本件契約は、平成五年八月末に合意解約されているので、被告は、平成六年四月末になすべき選択届出書の提出を原告のために行ったり、これについて原告に助言したりする義務はなかった。
また、被告は、従前から原告に対し、消費税の仕組みについての一般的説明を行っていた上、課税年度が開始するまでの事情を踏まえて選択届出書を提出するか否かを決するのであって、本件契約終了の時点(平成五年八月末)ではいまだ被告が課税事業者を選択した場合の有利・不利を判断することが不可能であり、その必要もなかったのであるから、この時点において被告に選択届出についての説明義務があったとはいえない。
そして、本件契約は原告から解約を申し出たものであるし、原告には、相談すべき税理士がいたこと、選択届出書の提出までには八か月間もあったこと、原告から本件契約の合意解除後に消費税についての問い合わせ相談が一切なかったことからも選択届出について助言すべき義務はなかった。
6 請求原因6のうち、被告が、原告のために平成六年四月末において選択届出書の提出あるいは助言をせず、また、平成五年八月末の契約終了時点においても原告に選択届出書の提出についての説明をしなかったことは認めるが、それらが被告の本件契約上の義務に違反するという点は争い、その余は知らない。
三 抗弁
平成五年八月末に、原告代表者が被告に対し、「九月以降の顧問料は支払わない」と言ってきたことをきっかけとして、同年九月初め、原告代表者と被告間において、本件契約を解除する旨の合意が成立した。
よって、平成六年四月において、選択届出書を提出するよう助言したり、右届出書を提出すべき義務はそもそもなかったのである。
四 抗弁に対する認否
抗弁は否認する。
平成五年九月初め、原告代表者と被告との間で、同年九月分以降の顧問料を当分の間免除することの合意は成立したが、本件契約の解除を合意したことはない。被告は、同年九月以降も事務所の通信(税に関する小冊子)を原告に対し従前どおり送付してよこし、また新ビル建築資金融資のための銀行との交渉にも協力し、平成六年一月には、原告代表者が被告に対し、新ビル建築と銀行融資の報告もしているのであって、本件契約が同年八月末日をもって合意解除されていないことは明かである。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1、2、3(一)(二)の事実及び原告は旧ビル建替に伴う税務問題を相談するため被告を紹介されて本件契約を締結し、被告が平成五年八月ころ原告から新ビル建築に伴う税務について相談を受け報告書を作成したことは、当事者間に争いがない。
二 同3(三)及び4の事実について
1 争いのない事実及び証拠(甲一、七、乙一、二、五、八、九、一〇、原告代表者、被告本人)並びに弁論の全趣旨によれば次の事実が認められ、これに反する原告代表者の供述は信用できない。
(一) 原告は、原告所有の旧ビルを運用して経営していたが、平成三年二月、旧ビルの売却か有効利用を考慮中のところ、富士銀行から資産運用のアドバイザーとして被告を紹介され、同月一日、被告が代表者であるコンサルティング会社と旧ビルの売却及び共同ビル事業に関するコンサルティング業務を内容とするアドバイザリー契約を一年間との約定で締結した。そして、原告は右契約に付随して同日、本件契約を締結した。
(二) 本件契約における業務内容は、会計・税務顧問業務と税務代理業務であり、具体的には会計組織と制度の整備、税務・会計に関する諸問題への助言であった。
(三) 原告は、平成四年一二月に旧ビルを取壊し、平成五年に一〇階建の新ビル工事に着工したが、同年五月頃までで中止し、その後、新ビルを三階建てとすることで計画をし直し、同年暮れまでに設計及び銀行融資にこぎつけ、平成六年六月頃、新ビルが完成した。その後、原告は新ビルを売却していない。
(四) 被告は、前記アドバイザリー契約により、旧ビルの売却等の検討をし、その後原告の平成四年度の決算報告書の作成や平成五年七月一日に神田税務署長に提出した消費税確定申告書の作成を通して、同年六月までに、旧ビルが取り壊され、一〇階建の新ビル建築工事が着工していたことを知り、同年八月に「甲野屋ビル不動産税務」と称する新ビル建築に伴う税務報告書の作成を通して、新ビルは一〇階建から三階建に変更されたことを知っていた。しかし、被告は、その後、新ビルが平成六年四月までに完成するか否か、新ビルが売却されるか否かについては、原告から明確に知らされていなかったし、新ビル建築の銀行借り入れ額や建築代金について原告から具体的に知らされなかった。また、次年度の具体的な事業計画も聞かされることがなかった。
(五) ところで、課税売上高は法人において前々事業年度を基準とするところ、原告の第三四期(平成四年五月一日から同五年四月三〇日)の売上げが三〇〇〇万円を下回ったため、平成六年四月三〇日までに選択届出書を提出しないと、原告は新ビルが平成六年四月以降に完成した場合に仕入れ税額控除の適用を受けられない事態に至っていたが、平成五年八月末頃、被告は右事情を知っていた。
(六) ところで、薪ビルが平成六年四月三〇日までに完成した場合には、原告は課税事業年度(第三三期)において売上高が三〇〇〇万円を超えていたので、第三五期の事業年度は課税事業者となるから仕入れ額控除の適用があり、また、同年四月以降に完成した場合も売却されれば預り税額の方が多いという可能性があった。
(七) 原告は、被告に対し、平成五年八月から同六年四月三〇日まで、仕入れ税額(消費税)還付の相談を受けたり、選択届出書の提出を依頼したことはなかった。
2 前記争いのない事実及び右認定事実によれば、本件契約が継続している場合(本件契約が解除されていない場合)は、選択届出書の提出が本件契約上顧問業務外の特別の業務と解されることから、右届出の依頼がない本件では本件契約に基づき選択届出書の提出義務を被告に認めることはできないというべきである。しかし、平成六年四月頃までに選択届出書提出に必要な情報が原告から被告に提出されていた本件のいきさつや、新ビル建築工事は着工後中断したものの旧ビルの建替えの方針で進んでいることから次年度には完成すると予想されること、そして新ビル建築費用は多大であり仕入れ税額も高額となることが予想されることから、平成六年四月末までに選択届出を提出しておけば、第三六期事業年度には仕入れ税額控除の適用を受け多額の消費税還付が見込まれることから、本件契約の「税務に関する諸問題への助言」として、平成六年四月には税務代理業務として税務申告の準備をすると共に、選択届出書提出の助言を原告にすべき義務が生じるものというべきである。
3 そこで、平成五年八月末日をもって本件契約が合意解除されているとの抗弁を判断する。
三 抗弁について
1 まず、証拠(乙二、原告代表者・被告本人)によれば、原告は、平成五年九月以降、被告に対しそれまで毎月支払っていた月三万円の顧問料の支払いをしておらず、被告もその請求をしていないことが認められるが、顧問料が、本件契約に基づく被告の会計・税務顧問業務に対する対価である(甲一、乙一)ことを考えると、このことは本件契約が平成五年八月末の時点で終了していたという事実を裏付けるものと考られる。
この点、原告代表者は、「甲野屋ビル不動産税務」と称する報告書の作成費用として被告に四五万円を支払った代わりに、当面顧問料は免除してもらっていたものだと供述するが、原告代表者自身、被告が明確な免除の意思表示をしたとまで供述するわけではないうえ、本件契約上月々の顧問料と報告書作成等にかかる費用とが区別されていたことは争いのない請求原因2(二)の事実から明らかであったことからすれば、被告は報告書を作成して原告からその作成費用の支払を受けたからといって、それ以降の月々の顧問料の支払を免除すべき合理的理由はないから、原告代表者の顧問料支払の免除があったとの右供述は信用し難いところである。
2 また、証拠(乙六、七の1、2、九、一〇)によれば、平成五年九月以降は、原告から被告に対し、具体的な業務に関する相談や報告等は一切なされておらず、被告の方でも預かっていた原告の関係書類は全て返還し、原告からも被告が貸与していた建築プロジェクト事業収支計算ソフトが被告に返還され、以後被告は原告のための業務を何ら行っていないこと、決算処理は本件契約が継続しているのならば当然被告が行うはずのものであり、実際、前年度までは被告が行っていたものであるにもかかわらず、平成六年四月末決算(第三五期事業年度)については、原告は、これを別の税理士に依頼しており、被告も原告から右決算を他の税理士に依頼するとの連絡を格別受けていないのに、右決算処理に必要な原告との事前の打合せなどの準備に全く着手していなかったことが認められ、原告代表者の別の税理士に依頼した理由として供述する内容も不自然で納得しかねるところである。
そして、原告は、平成五年九月以降も、被告から「事務所瓦版」と称する税に関する小冊子が毎月原告に送付されるなど原被告間の行き来は続いていたこと等を理由に平成五年八月末における合意解除を否認するが、右小冊子の送付は被告本人の供述するように元顧問先へのサービスと理解することもできる。
以上を総合すれば、原告の供述するように、平成五年九月一日、原告代表者と被告との電話における話合いにおいて、原告代表者が顧問料を九月以降支払わないと申し出て、被告がこれを了承したことにより、双方が本件契約を平成五年八月末をもって終了させる旨合意したものと認めるのが相当である。
3 以上によれば、本件契約は平成五年八月末をもって合意解約され、終了したものと認められる。
従って、被告は、平成六年四月末の時点において、原告に対し、本件契約に基づき、選択届出書の提出について助言をすべき義務は存在しなかったということになる。
四 請求原因5(二)について
1 そこで、次に、本件契約が平成五年八月末に終了していたとして、右契約終了時点において、被告に選択届出書の提出について説明義務違反が認められるかについて判断する。
2 この点、証拠(乙八、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、届出による課税事業者の選択は、選択後二年間強制適用され、将来売上げにかかる消費税が仕入れにかかる消費税よりも多くなると予想される場合には、結局免税事業者を選択した方が有利な結果となるため、右選択すべきか否かの判断は、事業者の将来の事業計画、本件についていえば、原告の次年度以降の新ビル建築、利用、売却等の計画、営業の見込み等を綿密に調査・吟味し、これらを総合的に判断した上で決すべき微妙な問題であり、その判断は、届出の直前の事業年度(第三五期事業年度。平成六年四月末決算)における事業者の決算業務に深くかかわる作業であることが認められる。
しかるに、証拠(原告代表者、被告本人)及び前記認定事実によれば、本件契約が終了した平成五年八月末の時点では、決算期及び選択届出書の提出期限である平成六年四月末までまだ八か月もあり、被告は、原告から新ビル建築の事業計画等について情報は得ていても、右選択の是非の判断に必要な程度の調査、資料の収集、原告との打合せ等の準備を何ら行っていなかったことが認められる。
そして、前記認定のとおり、平成五年八月末時点では新ビルが平成六年四月までに完成するか否か、完成しないとしても、完成後に売却されるか否かについて被告は原告から明確な情報を得ていなかったこと、平成六年四月末の決算については、原告が誰か別の税理士等を依頼し、決算処理と密接にかかわる課税事業者の選択の判断についてもその者に助言を求めるであろうと考えるのが当然であること、証拠(乙八、被告本人)によれば、被告は平成五年七月頃原告代表者に対し、消費税確定申告書を提出して還付請求を受けた際に、消費税が預り税額より支払税額が多い時には還付を受けられ、建設仮勘定に含まれる消費税は完成引渡の時に控除できることを説明していることが認められること、以上を考慮すると、選択届出書の提出期限まで八か月も残したこの時期に、被告が、選択届出書提出の必要性やあるいは選択届出の仕組み等について原告に説明すべき義務を有していたとまでは認められない。
3 以上によれば、平成五年八月末日の時点において、本件契約の終了に伴い、被告に右説明義務の違反があったとは認められない。
五 したがって、原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官髙橋光雄)